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森下案と第4回電王戦へ向けて

(1)森下案 持ち時間編

以前、Puella αの伊藤氏のブログで、私は以下のコメントをしました。

「理想は貸し出し無し、2日制の持ち時間9時間か、1日制なら持ち時間2時間+切れたら一手10分にすれば、プロ棋士側も100%に近い実力が発揮できると思います。」

今回の森下プロの持ち時間3時間+切れたら一手15分の案に対し、私もほぼ同じ案を考えていたわけです。
ただし、継ぎ盤案に関しては、全く考えたことがなく、これに関しても全面的に賛成で、非常にいい案だと思っています。

森下九段「将棋は99手うまい手をやっても一手ミスがあるとすべてパーというゲーム」
http://news.mynavi.jp/articles/2014/04/13/denou3/002.html

私が「持ち時間2時間+切れたら一手10分」としたのは、1日制を考慮に入れてのことで、森下案の方が人間にとっては、より理想的だと思います。
仮に終局まで90手だと考えて、分かりやすいように、序盤・中盤・終盤、それぞれ30手だとします。
10時開始で、昼食休憩1時間、夕食休憩30分ですので、持ち時間3時間で、両者同時に切れたと仮定すると、17時半から秒読みになります。
そこでちょうど終盤に入ったと仮定し、一手15分で終盤30手ですから、450分、7時間半が追加され、終了予想時刻は25時となります。
100手の場合ですと、終盤40手で、600分、10時間が追加され、なんと終了予想時刻27時半になってしまいます。

もし私の案なら、持ち時間2時間で、休憩を合わせて、15時半です。
そこから一手10分で30手とすると、300分、5時間が追加され、終了予想時刻は20時半です。
100手の場合でも、終盤40手で、400分、6時間40分が追加され、終了予想時刻は21時40分です。

ですので、森下案を採用するのならば、持ち時間を4時間にして、2日制にするしかないと思います。
もし、1日制にするのなら、持ち時間を1時間にするしかないですね、切れてから一手15分ならば。
その場合でも、100手で終了予想時刻23時半で、150手とか200手になったら、恐ろしいことになってしまいます。

ですので、終了時刻の問題さえクリアすれば、森下案は非常に素晴らしい案であり、第4回電王戦を開催するのに充分な条件だと考えています。

ただ、第3回電王戦第3局の森下プロの敗局後に、明るく振る舞ったことに私は違和感を感じて、個人的はもっと悔しさを出してほしいと当初は思っていました。
ところが、Ponanzaの山本氏のブログを読んで、開発者視点で見れば、明るく振る舞ってくれた方がありがたいということで、なるほどと思いました。
あの様子が気遣いだったのか、もともとサバサバした性格だったのか、両方だったのかは分かりませんが、今回の森下案を聞いて、私の森下株は急激に上昇しましたw
プロが負けて悔しくないわけがないことは分かっていましたが、森下プロは現実をしっかりと直視した上で、非常に冷静に分析的な物の見方をされる方だと思いました。
だからこそ、負け惜しみと受け取られる危険性を恐れず、このような案を出したことを私は高く評価しますし、プロとしてこのようなプライドの固持の仕方もありで、潔く負けや自分の弱さを認めるのも悪くはないですが、将棋ソフトに対し、そのような合理的抵抗を示すのには、すごく共感を覚えました。


(2)森下案 継ぎ盤編

継ぎ盤案に関しては、そもそも現行のルールで禁止されていませんが、暗黙の了解で使われていないだけで、持ち時間の長い将棋であれば、むしろ積極的に使った方がいいと思います。
ただし、プロ棋士の場合、了承なしで使ってしまうと、非難を受ける可能性がありますので、ルールとして明示すべきです。
私は個人的な考えとして、人間同士の対局でもOKだと思っていますが、これに関しては異論が多く出そうな気がします。
電王戦限定での継ぎ盤使用に関しては、思ったよりも反対意見が少ないようですので、ファン視点からも問題ないと思われます。

あと、駒落ちに関しては、説明するまでもなく、絶対にないでしょうね、プロ側のプライドの問題として。
だから、平手で計算能力と記憶能力の差をどう埋めるかが、電王戦のルールやレギュレーション問題の中心になってくると思います。
そのためには、盤駒だけでなく、樹形図作成ソフトプログラマーの方に作ってもらい、PCを使用するというのも、将来的にはありだと思います。
あとは、メモを使うとか、見落としがないようにチェックリストを作るとか、これも現行のルールでも問題がないはずです。
もし、森下案でプロが5戦全勝ならばいいのですが、それでも負け越した場合の案もいずれ必要となります。

ただし、それらのルールでも本当に勝てるのかという心配はあります。
例えば、森下プロの▲8六銀の見落としは、その手自体を読んでなかったわけではなく、88手目から△8五桂▲8六銀△5九角▲8五銀△同飛▲5八金の6手先の局面を見えていなかったということになります。
プロは3手の候補手をつなげて読むらしいですから、6手先の局面数は3の6乗で729局面ということになります。
それだけでも頭の中で整理するのは大変なことですが、見落としというのは、読んでいない局面ですから、729局面以外の膨大な局面から、想定していない局面を探さなければいけないことになります。
仮に候補手が6手なら、6の6乗、4万6656局面で、そこから729局面を引くと、見落としが潜んでいる可能性のある局面が4万5927局面もあることになります。

しかも、それは読みの末端の局面であり、その途中の局面も合わせれば、もっと膨大ですし、当然その先の局面も結論が出ていなければ、さらに深く読んでいかなくてはならないことになります。
それを考えると、その見落としまでは、ポカをしなかったプロ棋士の能力は、ソフトに負けても、なお恐るべしと言わざるおえません。
そして、盤駒を使ったとしても、そのような膨大な局面を見落とし無く、正しい枝刈りをして、正着を指し続けることが出来るのかという疑問があるのです。
詰め将棋の場合は手順を示すことによって、詰みの存在証明が出来ますが、見落としが無いという証明は出来ないですから、そのような原理的な問題もあります。
(正確には、詰みの場合も不詰めの見落としの可能性はあるが、長手数の詰め将棋でなければ、あらゆる分岐を示すことによって、証明は可能という話です。)

ただし、森下プロの主張はあくまでも人間の疲労によるヒューマンエラー防止策としての継ぎ盤の使用ですから、ポカを完全に無くすのは難しいとしても、確率的問題として、その有効性には変わりありません。
それに将棋ソフトが強いといっても、人間から見ればミスをほとんどしないのであって、本当に最善手を指し続けているかどうかは、将棋の神様でない限り、決して分からないことです。
ですので、常に最善手を指すというよりも、序中盤のリードを保つことが勝敗を決めるポイントであり、勝ちに至る道筋が複数ある場合、悪手により、それ以外の道を選ぶことをいかに避けるかが重要となってきます。
ソフトはそれを避けるのが得意なため、実戦的に勝ちやすいのであり、決して完璧ではないのは、ソフトによって同じ局面でも候補手が違っていて、ソフトにも個性があるということからも明らかなことです。
ところが、序盤で人間の感覚からすれば充分で、なおかつ、その後に明確な悪手が無かったにも関わらず、中終盤で圧倒された第2回電王戦第5局三浦VSGPS将棋や、第3回電王戦第1局菅井VS習甦のような例もありますから、事前研究なしで果たして確実に勝てるのかどうかは疑問があります。

だから、その答えを出す方法はただ一つ、第4回電王戦を森下案で開催することなのですw


(3)第4回電王戦へ向けて

ここまで森下案の必要性を述べてきましたが、いかに人間の力を出しやすい条件であっても、それを活かせる実力があってこそであることは言うまでもないことです。
ですから、人選は非常に重要ですし、タイトルホルダーの出場を明言していない現状では、年々強くなっていってるソフトに対し、さらにひどい結果(5戦全敗)を招かないとは限りません。

谷川会長は「タイトルは将棋連盟のものではない」と述べていますが、要するにタイトルホルダーが電王戦で敗れてしまうと、タイトル戦の価値に関わってくるため、タイトル戦のスポンサーの出場許可が必要だという意味だと思います。
だったら許可を取るべきであって、A級棋士やA級経験者が敗れている現状では、相対的にタイトルの価値が下がることは避けられません。
(私は価値が下がるとは思っていませんが、タイトルホルダーがソフトに敗れると価値が下がると仮定するのなら、A級棋士が敗れても価値が下がることになるという論理です。)


そして、いつまでも幻想にしがみついているのではなく、タイトルホルダーはあくまでも人間最強であって、ソフトも含めて最強とは限らない現実を受け止める土壌を早く作るべきです。
もしタイトルホルダーが負けて、ファンが減るようでしたら、それは敗戦が原因なのではなく、将棋の真の魅力、その奥深さというものを伝える努力が足りないのであって、連盟はそこを反省すべきだと思います。

仮にタイトルホルダーが無理ならば、B1以上か、A級経験者の中から、森下案の持ち時間ならミスをしない自信がある棋士を選ぶべきです。
それらの棋士がもし敗れて、その後にタイトルホルダーが出場するのなら、今から2年後となり、さらにソフトは強くなっています。
果たして連盟は、その時になって、ファンが真に望む夢の対局を避けるつもりなのでしょうか?
決断が遅ければ遅いほど、状況は厳しくなり、互角の戦いは実現しづらくなります。
ファンが望むのは、人間が最大限の力を発揮できるルールでの力と力のぶつかり合いであり、内容が素晴らしく、かつそれを伝える分かりやすい解説が行われていれば、結果的に負けても、プロ棋士の評価が落ちることはないはずです。
仮に内容が悪くなっても、その経緯をしっかりと説明して、見る側を楽しませる工夫は出来るはずです。

ただし、力のぶつかり合いといっても、真っ向勝負とは限らず、弱点を突くのも、程度問題ではありますが、必要なことだと思います。
この問題に関しては、ソフトの制作者の方の努力により、年々減っていくと思います。
それは同時にソフトの弱点が減っていき、人間がソフトに勝ちづらくなる残酷な現実を意味していますが、それを受け入れない限り、棋界の未来は開かれないと考えています。

あとは、ソフトとの対局準備問題に関しても、準備で通常のプロの対局に支障を来たすと考えるような棋士は、結局は強くなれないと思います。
ソフトの研究にしろ、欠陥探しではなく、自分の棋力が向上するような研究の仕方をすればいいのであって、それが出来ていた参加棋士が実際にプロ棋戦でも好成績を挙げているのだと思います。
それに森下案ですと、ソフトの貸し出しは不要という森下プロの発言がありますので、一気に準備問題は解決します。
ですので、残るは棋戦のスポンサーの許可と、連盟の決断の問題となります。

あと対策として、ソフトが指した人間には見えずらい好手や新手筋など、プロ間でどんどん共有し体系化し、対策を考え、プロ全体の実力アップを図ることをしていけば、菅井説(10年後にはプロ棋士の方が強くなる)が現実のものになるかもしれません。
それは実際には難しいかもしれませんが、当然やって損はないことですから、人間の代表として考えられる抵抗はしてほしいのです。
さらに、豊島プロが考えたような対ソフトに共通する対策を考えれば、事前のソフトの貸し出しが無くとも、序盤で作戦勝ちできるように誘導できる可能性は充分あるはずです。
もし今後も貸し出しがありならば、やねうらお氏がブログで紹介した西尾戦略を実行すれば、より効率的なソフト対策が出来ますし、考えられることはすべてやった上で、弱点を突くかどうかを決めればいいと思います。
そういったことをしないで、最初から真っ向勝負の選択しかしないのは、現状のソフトの強さを考えると、賢い判断ではないといえます。
人間は、ソフトにはない人間の長所を最大限に活かすべきであり、あらゆる可能性を追究し、ソフトとの力の差を正しく理解した上で、最後は自分の理念で選ぶのが妥当ではないかと思うのです。

そして、それらの抵抗をしてこそ、逆に将棋ソフトの存在意義が増し、人類とコンピューターが共に神の一手へと近づく道を歩むことになり、真の共存共栄が実現すると考えるのです。
そのために、電王戦の継続は避けて通れないものなのです。