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将棋・棋界に対する誤解3 プロ棋士はスターなのか?

果たして、プロ棋士はプロ棋士であれば、即スターであろうか?
そうでないのならば、いったいどの棋士がスターなのか?
あるいは、スターであるには、どのような条件が必要なのか?
さらに、一般人とプロ棋士の違いを、どのように考えるべきか?
そこのところを考察してみたい。

 

1 スターの条件とは?

まず、スターの辞書的な意味は「ある分野で際立った人気者」とのことである。
ということは、スターの条件は当然、「人気」が必須条件であり、
「将棋がどんなに強くても、人気が無ければ、スターではない」
ということは、容易に分かることである。
ましてや、「知名度」が低ければ、人気の出ようが無く、とてもスターの条件どころではない。

 

さて、ここでボンクラーズの開発者である伊藤氏の以下のブログ記事から、
連盟の発言(弁護士を通じての連盟の反論文書)を引用する。
http://aleag.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-4102.html

 

> 原告は(中略)この機に乗じた売名行為とも評されかねない
> 不自然な要求に固執し、本訴訟に至ったという経緯がある。(中略)
> 被告将棋連盟の理事の陣容について説明を付すと、会長には谷川浩司永世名人・九段、
> 専務理事には青野照市九段、担当常務理事には中川大輔八段らが就任しているなど、
> 将棋界の一流のスター棋士が名を連ねており、原告の要望どおり、
> 仮に理事らとの面談が実現されれば、原告は将棋ソフト開発者として将棋界において、
> 将棋ファンのみならず世間からも高い注目を受け、
> 大きな反響を巻き起こすには想像に難くないところであった。

 

あまりに、突っ込みどころ満載で、つい
「たとえそう思っていても、それを自分から言うか?www」
と言って、爆笑しそうになってしまう。
おっと、定義的に一人では爆笑できないので、それを言うなら、大笑いですねw

 

ただし、自分は、アンチ連盟ではないので、この記事は、
決して連盟を叩いたり、嘲笑したりするのが目的ではない。
ただ、連盟があまりにも恥ずかしい言動を繰り返して、自滅しないことを
一将棋ファンとして強く望んでいるのである。
また、連盟の発言が棋士の総意だとも思っていない。
引用の発言を見て、赤面する常識的な棋士が多数いることを、私は切望しているのだ。

 

2 スター棋士は誰なのか?

さて問題は、人気以前の知名度だ。
そもそも私の周りには、将棋のルールを知っている程度の人間がほとんどで、
プロ棋士の名前など、ほとんど知られていない。
その中で圧倒的な知名度なのが、羽生さんで、森内・渡辺の名前などは、
コアな将棋ファンには知られていても、それ以外の一般人には「誰それ?」という感じである。(谷川さんの名前は聞くのを忘れた。)
ましてや、タイトルホルダー以外となると、将棋をそこそこ指せる者でも、知名度は怪しくなる。
とても、人気がどうこういうレベルではない。

 

だから、一将棋ソフト開発者に対し、訳の分からないバッシングをする暇があったら、
連盟はもっと将棋の普及と、棋士の知名度アップに時間を費やすべきではないのか?
完全に力を注ぐ方向性が間違っていると思う。

 

では、「将棋ファン」に限定した話だったら、どうだろうか?
タイトルホルダー経験者なら、スターと言ってもいいだろう。
ただし、それも個人差がある。
将棋のファンであっても、友達と指すのが好きなだけで、プロの将棋なんて、
難しくてさっぱり分からないというレベルの層が多いからだ。
(子供の頃の自分はそうだったし、プロ将棋の話なんて、友達としたことがなかった)
その者たちにとって、タイトルホルダーはスターとは限らない。
なんとなく尊敬している者もいれば、ほとんど無関心の者もいるだろう。

 

つまり、スターかどうかというのは、客観的に決まるものではなく、
主観的に決まるものであり、ある人にとって、スターの棋士が、
別の人にとって、スターではないというのは当然有り得ることである。
だから、将棋ファンにとっても、将棋が強ければ即スターというわけではないのである。

 

3 プロ棋士と一般人の違い

さらに注意しなければ、ならないことがある。
数学的にいえば「将棋の強さ」と「人気」は、

スター棋士必要条件ではあっても、十分条件ではないということである。

このことを分かりやすくするために、以下に表にしてみた。

 

         将棋の強さ 知名度 人間性
スター棋士      ○    ○   ○
無名普通棋士     ○    ×   ○
有名悪名棋士     ○    ○   ×
無名悪名棋士     ○    ×   ×

 

つまり、たとえタイトルホルダー経験者で、かつ知名度が高くても、
「人間性が低くてはスターでは無い」のである。
もっとも、何をもって人間性が高いといえるかは難しい問題ではあるが、
それはこの記事の本題ではないので、割愛する。
ただし、連盟が「将棋の強さ=人間性の高さ」勘違いしていないことを願っている。

 

どんなに将棋が強くても、スキャンダルで世間を賑わせたりしたら、世間にとって嘲笑の対象であるし、
一将棋ソフト開発者に対し、不必要に攻撃したりしたら、スター棋士の印象まで悪くなりかねない。

 

さらにやっかいなことに、何か問題を起こした場合、能力の高さや、知名度が仇となって、
悪名が世間に轟き、その評価は一般人よりも低くなることを連盟は強く認識しなければならない。

 

世間の評価順にならべると、
能力が高い人格者>能力が低い人格者>能力が低い非人格者>能力が高い非人格者
となりやすい。

 

つまり、能力の高さは「諸刃の剣」であり、それをどう使うかが大切なのであって、
そこで天狗になって、一般人を見下した態度をとってしまえば、もはやスター性は欠落しているのである。

 

だからこそ、プロ棋士は強くなればなるほど、謙虚になり、己の人間性を磨くことを強く認識すべきだと思う。
能力が高ければ高いほど、世間や他の棋士への影響は強くなる。
決して、能力の高さは、好き勝手に振る舞っていいということにはならず、
特にプロの場合は責任の大きさが同時に生じるのである。

 

せっかく、棋士の方々は、将棋という素晴らしい文化において、素晴らしい能力を発揮されているのだから、
それを正しい方向、言い換えれば、世間から評価される方向へと使ってほしい。
そして、連盟はその素晴らしい文化を汚さないよう、慎重に謙虚に、広い心で外部と対応してほしいものである。
私は、それを心から願ってやまない。