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将棋・棋界に対する誤解2 将棋は論理的思考に役立つのか?

果たして、将棋は論理的思考に役立つのか?
私の個人的見解では、役に立たない。
電王戦での棋士の対応を見ても、論理の初歩すら分かっていないのが現状である。
(ただし、このことは、棋士に限った話ではない。)
将棋は、将棋が強くなるのに役立つのであり、論理性を身に着けるには、論理学を直接学んだ方がいい。

ところが、論理学を学べば論理的かというと、必ずしもそうではない。
学問における論理性が、日常会話における言語による論理的能力へと反映されるかどうかは、その人次第だからだ。
中途半端に論理的な者が、論理的厳密さの難しさを知らず、自信たっぷりに主張するのは、非常にありがちなことである。
少なくとも、複雑なケースを思考する時などは、場合分け(プログラミングでいう条件分岐)をして、持論に固執しない客観的かつ多角的分析ぐらいは出来なければ、論理性の最低条件を満たしているとはいえない。

では、将棋は論理性と全く関係がないかというと、そうではない。
将棋は、思考能力を高めるのに、非常に有用な手段だと、私は思っている。
もし論理的な者が、将棋で思考能力を高めれば、その論理性は最大限に発揮されるだろう。
つまり、論理的な能力開発に直接的には役立たないが、論理性を高めるための脳力開発には役立つというわけである。(能力開発と脳力開発の違い)

だから、プロ棋士脳力は驚くほど優れている。
しかし、能力が優れているかは、その者の得意分野次第である。
プロ棋士がその集中力やイメージ力を、特定の分野に活かせば、その分野において、凄まじい能力を発揮するに違いない。

そして、私自身も、将棋は脳を活性化させるのに、非常に役立っている。
単なる勝ち負けを競うゲームではなく、自分自身を高める非常に有用な手段という意味で、将棋は非常に重要な文化だといえる。
それを理解していない者が、勝敗だけで将棋の未来を憂うのであり、将棋の本質や有用性は、昔から一切揺らぐことはなく、今後の電王戦の結果がどうであろうと、未来永劫その価値は不変なのである。